プロフィール

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はじめまして。くまこです。
埼玉県に住む二児の母です。

すこし私のことを、お話しさせてくださいね。

外国にあこがれていた子供時代

わたしは勉強ができるわけでも、運動ができるわけでもなく、何度言われても同じ間違いをくりかえし、母いわく「船の汽笛のように、ぼーっとした子供」でした^^;

忘れ物も多く、当時通っていた小学校にあった【忘れ物ランキング】では常にクラスで1位か2位。

そんなわけで、早々に将来をあきらめられていました。

おかげで本を読んだり、絵をかいたりして、好きに過ごしていました。

私の家は外国やその文化に閉鎖的で、外国の映画を見に行ったり、音楽を聴く、なんて機会はありませんでした。

そういった状況で、私が唯一海外のことを知ることができるのも「本」を通じてでした。

本を通じて、海外の文化にあこがれをもっていきました。

私が小学3年生のとき、父の仕事の都合で、東京から石川県の金沢市に引っ越しました。

そこで突然、父が病にたおれました。

進行の早いガンでした。

父は何度も生死をさまよう手術をうけました。

母はとまりこみで病院で看病をし、わたしは一軒家で姉と犬と暮らし、子供ふたりでなんとか家事をこなしていました。

週末になると、バスをのりつぎ、1時間以上かけて病院へお見舞いにいきました。

両親に会えるその日は、朝からワクワクしていました。

といっても、病院で父は色々なチューブに身体をつながれ、身動きひとつできません。

それでも、大好きな父の隣で本を読んでいる時間は幸せでした。

家に帰る時間になると、いつもさみしさでいっぱいでしたが、さみしさを伝えてはいけない気がして、我慢していました。

【雪深い金沢にてカマクラ作り。飼っていた犬と】

結局 私が中学生になったばかりのころ、闘病生活の末に父は他界しました。

父がなくなってから6年間、私はなぜか、父のことを口にすることができませんでした。

口にしてはいけない気がしたのです。

こういった環境のためか、私は自分の感情や気持ちを伝えることが苦手な性格でした。

塾に行かずに受験突破

中学3年生の半ばすぎたころ、母に塾にいくように強く言われました。

放任主義の家でしたし、経済的余裕があったわけでもないんですが、私の成績がひどかったわけです^^;

しぶしぶ通ったものの、塾はなじめず、すぐやめてしまいました。

私は理解力が悪いうえ、納得できない方法を強制されると頭に何も入ってこないのです。

ただその代わり、自分で好きに勉強方法を考えるのは、好きなことに気づきました。

そこで塾をやめた代わりに、自分で勉強方法から考えるようになりました。

すると、受けた学校はすべて合格。

その後、大学受験でも塾にいかず、有名大学10校以上すべて合格。

いままで一度も落ちたことがないのは、ちょっと自慢です^^

大学は早稲田大学文学部に進学して奨学金を獲得し、大学院まで進みました。

就職、結婚、そして散々だった再就職活動

卒業後、就職→結婚→退職 と、ある意味順調なルートをたどりました。

結婚を機に引っ越す予定だったのですが、それがなくなり、もう一度就職することにしました。

また働ける、と軽く考えていましたが、そこで、大きな壁にぶつかります。

何度 履歴書を送っても、なんとか面接までこぎつけても、ことごとく断らたのです。

面接では、「旦那さんは、家事を手伝ってくれるの?」とか、「お子さんはいつ?」といった仕事に関係のない質問もされます。

当時は、こんな質問ばかりに、いらだちをおぼえました。

ただ、いまから思えば、当然です。

たいした実務経験もスキルもなく、すぐ子供を産んで戦力にならなくなるかもしれない人を雇うのはキケンですよね。

というわけで、私の再就職活動は大失敗。

派遣会社に登録して、そこから仕事をもらって働き始めました。

そして1年後に再度、就職活動をスタート。

その時はちょっとした戦略を使って、どんどん面接に受かるようになりました!

そのなかで、希望の会社に正社員という形ではいることができました。

★もし戦略が気になったらこちらをどうぞ^^ ブランクがある主婦の再就職の方法

子育てと仕事の両立の日々

その会社で全力で仕事をしました。そして数年後、長女を出産。

そこから、今まで知らなかった怒涛の日々が始まりました!

とにかく、自分の時間が、ないんです !!!

今から思えばなつかしいんですが・・・当時はもう、必死でした^^;

仕事にやりがいは感じましたし、子供はかわいいです。

「バリバリ働きながら子育てもがんばる自分」に満足しているつもりでした。

でもそれは、「こういうふうに見られたい自分」を演出しているだけだった気がします。

その当時の私は、とにかく、あやまってばかり。

会社をでるときに「すいません」、子供が病気になれば、突然のお休みを取らねばならず「すいません」

色々なことをちゃんとできないでいる自分を、自分で責めていました。

それでいて、人が残業して終わらせる仕事を短時間で終わらせても評価されないことに、不満をもっていました。

そんな消化不良な日々のなかで、第二子ができました。

24時間頭痛と吐き気の日々

二人目の子供の妊娠中は、最悪の体調でした。

当時は、チームの責任者として業務をまわしていました。

お客様は個人の方が多く、トラブルが起こったときは、私が怒ったお客様の話を直接聞いて、なんとかしなければなりません。

繁忙期と閑散期のギャップがはげしく、繁忙期はトイレに行く時間もありません。

ただチームのメンバーは優秀な人ばかりで、妊娠前はあまりストレスを感じませんでした。

ところが妊娠後。

気づくと、原因不明の気味の悪い赤い発疹が、両腕に広がっていました。

これが、日々、両腕の内側に広がっていきました。

同時に、悪阻(つわり)の症状も悪化。

起きているときは常に頭痛と吐き気がする状態でした。

なんとか出産休暇にこぎつけたときは、フルマラソンを走った気持ちでした。

また職場に戻れるのか、自分でもわかりませんでした。

とにかく、休めればいい、と思いました。

そして間もなく、次女を無事出産。

それから2カ月後に、あの東北の大震災がおこったのです。

東北大震災で考え方が変わる

私は埼玉にいますが、たまたま古い建物の中にいたため、すごい揺れを経験しました。

頭上に色々なものが一気に落ちてきて、一瞬、本気で「死ぬかも」って思いました。

そのときに、自分の気持ちに、気づきました。

「本当は、こんなはずじゃなかった。」

「本当は、もっと、やりたいように、やりたかった。」

「本当は、英語が話せるようになりたかった。」

ほかにも、やりたいことがたくさん、脳裏をかけめぐりました。

そして、すさまじい闘病の末に亡くなった父のことを、思いました。

人は いつ死ぬかわからないのに、どうして今まで、自分がやりたいことを押し通さなかったんだろう。伝えなかったんだろう。

はじめて、そう強く思いました。

わたしは頑張っているつもりでいて、「人から悪くいわれないこと」「世間的に良くみえること」をがんばっていたんです。

自分の気持ちや感情を押し通すことから、逃げていました。

英語をやり直して仕事が変わる

それから、まず、英語をもう一度 勉強しはじめました。

乳幼児をかかえ、さらに休暇のあとは会社に復帰し、朝から晩まで猛烈に忙しい日々。

そんな中で、忙しくても続けられる英語の勉強方法をあみだしました。

しどろもどろに英語が話せるようになったころ、会社で英語を使う機会がでてきました。

会社で海外のプラットフォームを導入することになりました。

熟知している分野だったため、私にチャンスがめぐってきました。

私は導入の責任者になることを希望し、とおりました。

そして海外のツール開発会社と英語でコミュニケーションをとるようになりました。

ところが、問題がでてきました。

新しいプラットフォームの導入には社内調整が必要ですが、会議で意見が通らないのです。

入念に準備をしていっても、声の大きく堂々とした人に反論されてしまいます。

あとから考えると、その反論は理屈にあわなかったりすることもあります。

ですが、会議には流れがあって、流れを変えられなければ、どうしようもありません。

悔しい気持ちでいっぱいでした。

少し前なら、そこで あきらめていました。

ですがその時は、自分の意見を伝えよう、通そうと決めました。

まずは、なぜ自分の意見が通らないか考えました。

そして本を読んだり、休みの日にセミナーに行き、声の出し方、人への伝え方を学びました。

すると、会議で意見が通るようになっていきました。

人の気持ちを変えるのは理屈じゃない、ということを実感しました。

次第に、この海外のツールを社外のイベントで紹介する機会がでてきました。

こうして多くの人の前で話す機会が増えていきました。

英語をやり直して話せるようになったことで、私は仕事の幅を広げることができました。

英語を使って脱サラ・大人の英語教室開催

その後、プロジェクトも終わり、私は思い切って会社をやめました。

自分の働き方も生き方も、変えたくなったのです。

当時は家のローンも残っており、困ったことに夫も脱サラして収入ゼロ、というよりマイナス。。。

悩んだものの、やってみるまでうまくいくか分からないなら、やるしかない、と決めました。

退職前に簿記2級、TOEIC960点、英検1級、と、色々資格は取りました。

このタイミングで資格をとったのは、資格があれば、安心できる気がしたからです。

【TOEIC960点証明書】

【英検1級証明書】

そして、まずは法人向けにTOEIC研修を行っている会社に登録。

企業のTOEIC講師になりました。

ですがまもなく、限界を感じました。

時給はいいのですが、往復の移動時間や準備の時間を考えると、講師ってそれほど稼げません。それに、どうしてもTOEIC攻略が目標になり、実践で使う英語から離れてしまいます。

「もっと生徒さんのためになる方法でTOEICや英語を教えたい、伝えたい!!」

そう願いつつ、そのあとに感じたのは、「自分のやりかたで教えるなんて、私がやっていいのだろうか。どう言われるだろう」という不安でした。

そのときやっと、資格など、なんの役にもたたないと気づきました。

自分の覚悟と行動が伴わなければ、TOEICも他の資格も、ただの紙切れです

そしてもうひとつ、はたと気づいたことがあります。

それは、自分の視点が「自分が人からどう思われるか」と、中をむいてしまっていること。

それ以降「人からどう見られるかを判断基準にするのはやめよう」と決めました。

そして、とにかく行動することにしました。

英語を話したくても方法が分からない人には、日本人の英語挫折経験者が教える英語が必要です。英語がなくても困らない日々でモチベーションを維持する大変さは、ネイティブ講師には理解できません。

でも、日本で英語をやり続けた私には、がんばりたいのに続けられない人の気持ちが、すごくよく分かります。

この気持ちで いちからテキストを作り、路上で自分で作ったチラシをくばりました。

当然ですが、チラシは迷惑そうな顔で断られることがほとんど。

警備員さんに「ここでチラシを配っちゃだめ!」と怒られ、追い出されたりもしました。

それでもなんとか場所をかりて、教室をはじめることができました。

【子連れ可TOEIC教室・フォニックス説明中】

【あとからはじめた大人の英語塾】

小規模な教室でしたが、子育て中のお母さん、企業戦士、いろんな人が来てくれました。

不思議なことに、私の英語塾には、忙しいのにさらに頑張る人ばかり、きてくれたのです。

英語を教えながら、逆に私自身が、たくさんのことを教えてもらいました。

4人の子供がいるのに1時間かけて通ってくれるパワフルな生徒さんもいました。

英語塾に通っている間に英語を使うパートのお仕事をゲットした行動力のある生徒さんもいました。

【頂いた感想一部ご紹介】

(女性・3人のお子さんのお母さん。英語を使うパートのお仕事をゲットされました。)

★感想は、このページの下にもあります。

海外の会社の窓口となる

英語塾のほかにも、前職から縁ができた海外の会社と直接契約し、仕事をしました。

この会社の商品を日本に広める仕事でした。

この商品の特徴、使い方はすべてわかっています。

「こんな自分ができる最善の売り方は何か」と考えたとき、「プレゼンやセミナーを使ったマーケティング」が浮かびました。

それから日々約束をとりつけ、東京・大阪・名古屋で営業先にプレゼンを実施。

イベントでもプレゼンの機会をもらえるようになっていきました。

セミナーも開催しました。

【セミナー開催】

2年経たないうちに50社ほどに このプラットフォームを販売し、日本でのシェアを一気に広げることができました。

外国と日本のギャップ

ですが、新たな難問にも直面しました。

日本と海外のやり方の違いに直面したのです。

結局、英語を話せるだけでは、不十分でした。

英語よりも、異文化の壁のほうが、ハードルは高かったのです。

「ふつうに考えてこうだろう」ということが、外国人には伝わらなかったりします。

反対に、「日本以外ではあたりまえ」が、私には理解できていなかったりします。

文化が違う相手と仕事するとはどういうことか、教えてもらえました。

結局大事なのは、英語力より、人に伝える力、コミュニケーション力でした。

★当時の経験から気づいたこと。

悩んだり学んだだけではなく、素敵な思い出もたくさんできました。

楽しい仕事仲間たちと、おいしいお酒もいっぱい飲みました^^

【海外出張中。仕事帰りの一杯】

【外国でいきなりの即興プレゼン】

英語が話せるとできること・働き方を変えたらできたこと

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

私はこんなふうに悩みつつ、遠回りしつつ、生きてきました。

考え方を変えてから、お金と、家族との時間、そして自分の時間が増えました。

いまは物販ビジネスをはじめて2カ月。月商70万を超えてきたところです。

まだまだここから、いこうと思ってます。

このブログには、英語勉強法だけでなく、英語をつかった仕事のこと、そして稼ぐこと全般、つづっていこうと思います。

こんな人に読んでほしいです。

◆前に挫折したけど、やっぱり英語を話せるようになりたい人

◆英語をつかって収入を増やしたい人

◆海外とつながる仕事をしたい人

◆もっと自分の仕事の幅を広げたい人、自分を変えたい人。

資格をとれば稼げると思ってしまい、色々目移りしてしまう人

◆もっとがんばらなきゃ!とがんばりすぎてしまう人

◆子育て中でも、自分のキャリアやスキルを上げ続けたい人

あなたにとって、ひとつでも参考になることがあれば、とっても嬉しいです。

私は人より理解力も悪いし、要領も悪いです。

そのため、自分が理解できないところは、とことんつきつめます。

なので、自分で勉強方法から考えるのが得意です。

人に伝えるときも、私ほど理解力が悪い人はいないので「説明がわかりやすい」と言ってもらえます。

こんなふうに、人の短所って長所とつながっているんだなって、思います。

これが、私の信条です。

長所も短所も、同じ自分だけれど、たんに、出方が違うだけ。

人からみて素敵なところも、そうでないところも、両方含めて、あなたは大事です。

あなたに直接お会いできる機会があれば、伝えられたら嬉しいです。

★★こちらの記事でも昔のことをちょこっと書いてます★★

★カタカナ英語をスルーされ英語嫌いに:空耳アワーでわかる発音が苦手な理由!

https://eigophonics.addisteria.com/how_to_improve_pronunciation

★外国人と仕事をして分かったこと:ここが変だよ日本人!

https://eigophonics.addisteria.com/kokogahen_nihonjin

★★開催していた英語塾での生徒さんの感想★★

(女性・お孫さんの面倒を見つつ、英語もがんばる素敵な方です。以前はネイティブの先生に習っていましたが限界を感じ、わたしの講座にいらっしゃいました。)

(女性・3人のお子さんのお母さん(うちおふたりは、双子です!)地域活動も忙しいなか、毎日英語も頑張る素晴らしい方です。英語を使うパートのお仕事もゲットされました。)